以前、エジプトの砂漠を立ち寄るという旅を、友達と二人でしたことがある。
あれは、思い起こすこと数年前。
学生最後の春休みのことだった。
今回は、その時の思い出の断片を、気ままに書いてみようと思う。
低予算でエジプトを縦断しようとすると、どうなるか?
その頃、僕たちはバックパッカー達もびっくりするほどの低予算で、エジプトを南下しようと試みていた。
あまりの低予算ゆえ、タクシーでぐるりと山頂の遺跡を目指すべきルートのところを、僕たち二人は最短ルートで崖をよじ登るという荒業をやってのけたりした。
それほどまでに低予算であったが、道中は実に楽しかった。
機会があれば別に書かせてもらうだろうが、トイレ掃除をしていた『スーパーマリオみたいなおじさん』に友達(男)の胸をワシづかみにされる事件など、幾多のイベントが僕たちを待ち受けていたのである。
帰国直前にあっては、公園にて豆と水のみの消耗戦に絶え、無事、帰還を果たしたのだが、以来、二度とこのような超低予算プランを組むことはなかった。
エジプトタクシーのマユゲ男とヒゲ男
エジプトへ入国したらば、ともかく相手の言うことをめったやたらと、真にうけてはならない。
というのも、日本人をターゲットにした手練の商売人たちは、やたらとウソ八百をふっかけてくるからである。
もちろん、素敵な方々との出会いも数多くあったが、日本で暮らしているときの感覚をそのまま持ち込んでは危険である。
例えばこんなことがあった。
最寄のバス停まで、タクシーをひろって行こうとした。
ところがタクシーのヒゲ男は冷静な面持ちでこう言い放った。
「ノーバス」
…バスが出ていない?
果たしてそうであろうか。
相手は以前として真顔である。
ああ、店員にウソをつかれたことがなどないという汚れの知らぬ日本の方々よ。
もしもエジプトにてそのようなヒゲ男に出くわしたらば「いいから行け!!」と日本語で叱りつけていただきたい。
十中八九、バスは出ているであろう。
にもかかわらず、この男は
「ノーバスなのだよ。つまりは、次の町までタクシーで行くよりほかないのであるよ日本人」
と言っているのである。
しかし、そのようなヒゲ男はまだマシなほうである。
一度など、なんとタクシーでの移動の最中にて、そのような大告白をされたことがある。
「ノーバス」
「え?」
これはもはや「話が違う」以外の何物でもない。
その時もやはり僕はシャウトした。
「いいから行け!!バスがなくてもいいからバス停へ行くのだ!!」
こういう時は強気が肝心である。
俺の言うことを聞かんかったら、今すぐこの場で降りて、別のタクシーを拾うぞこのマユゲ男!!
という態度をふんだんに臭わせなければならない。
エジプトタクシーの値段交渉から得た経験
旅を経験するにつれ、僕たちもその交渉術というものを少しづつ学んでいった。
例えば、現地で出会った日本人バックパッカー(彼らも学生であった)といっときの移動を共にすることがあった。
タクシーを拾う場合、2組に分かれて、2台のタクシーを同時に値段交渉するのである。
どちらか安いほうに乗るということが相手側にわかると、1台で交渉するときよりもスムーズに相場近くまで値が下がった。
やはり、旅は経験者に学ぶのが一番だとその時痛感したものである。
エジプトの美味なるアイス体験
これは、はるか数年前の学生時代のこと、友人と二人ではしゃいだエジプト珍道中についての記述である。
首都カイロにて出くわした『世界一の美味なるアイス』と『世界一の美味ならざるアイス』
正確な店名こそ忘れてしまったが、僕たちはエジプト首都カイロにて「ドエライおいしい」と評判のアイスのお店に足を運んだ。
にぎやかな大通りに面したその店は、確かにひときわ賑わいがあった。
少しならんで、僕はチョコレートアイスを購入した。
友達はマンゴーアイスである。
一口食べるなり、僕たちはその美味さに声をあげた。
あまりに美味なのである。
お互いのアイスを交換して食べてみたが、これまた驚く程に美味しい。
チョコレートアイスは、カカオ100パーセントに違いない!!
マンゴーアイスも、マンゴー100パーセントに違いない!!
そう思ってしまうほどに、実に味が濃いのである。
これがチョコレートアイスの味なのか…
ならば、日本でこれまで食べてきたあのチョコレートアイスは、なんだと言うのか…
別名が必要である!!
…とまあ、これほどのショックなのである。
このような衝撃には、覚えがあった。
以前、大学の下宿時代に、一人もくもくと音楽を聴いていた時があった。
あるとき、友達にすすめられて、友達所有のイヤホンを使って音楽を聴いてみた。
「いいから、これで聴いてみなって」
というのも、当時の僕は、イヤホンというものは、どれもさしたる性能の違いなどなかろうと思って、100円のイヤホンで、お気に入りの坂本龍一を聴いていたのである。
「なんだこれは!!」
聴いてみるなり、全身に電気が走った。
なんと、音に奥行きがある!!
なんて立体的なんだ!!
これまで自分は、ファミコンの電子音みたいな世界で、坂本龍一の世界に惚れていたというのか!!
おもちゃのようなピコピコとした音楽世界から、本物の電子音の世界へと、その友はいざなってくれた。
と、例え話が少し長くなってしまったが、ともかくこのアイスの衝撃たるや、それぐらいの天変地異だったのである。
「…うますぎるやろ」
その時の僕たちの心象風景には、間違いなく壮大な宇宙が広がっていたことであろう。
僕たちは、『伝説のアイスの味』がその後も忘れられず、カイロを去る直前にも立ち寄ってみた。
が、なんたる神のいたずらぞや、その店は、お休み中とのことであった。
「しまった!ちゃんと空いている日を確かめておけばよかった!」
嘆いてみても、もう遅い。
いいかげんな僕たちにはよくあることであるが、今回ばかりはあの『宇宙まで飛んでいくような味』がなんとも名残惜しい。
だめだ、あきらめきれない。
近くに同じような店はないものか。
大通りを歩きながら目を走らせる僕たちは、幸運にも、間もなく求めるものをとらえ得た。
あった!アイス屋さん!!
行こう!!
二人は、そこで果物のアイスを買った。
食べてみるとどうであろう、その味はまことになんともいえない気持ち悪い味がした。
…これは、新記録だな。
「似て非なるものほど非なるものはない」と岡本太郎がその著書のなかで言っていたが、まさに僕たちが求めていた「あの感動」とは似ても似つかぬ味が口いっぱいに広がったのである。
この味を友に表現するために、僕の脳内ではある記憶がひっぱりだされていた。
以前、僕とこの友達は、バングラデシュという国の空港で、アイスキャンデーを購入したことがある。
その時たしか友達は、食べてみるなりこう言った。
「…これ、ドブの味がしまっせ」
確かに変な味ではあった。
なんというか、色がどす黒くなるまでに、手当たり次第にフルーツを混ぜてしまったような味がする。
うまく表現することが難しいが『ぬんめりとした味』といった感じがした。
だが、僕はそんなに不味くはないと思っていた。
いや、むしろ美味しい方だとすら、感じ始めるほど、クセにさせてくれる魅力がそいつにはあった。
結局僕は、故郷からはるか遠いバングラデシュの空港で、『ドブの味がするアイスキャンデー』を友達の分まで2本、平らげたのである。
このようなエピソードを、その時僕は瞬時に思い返していた。
僕は彼のほうを向いて
「なあなあ覚えてる?バングラデシュでさあ…」
と、その思い出話をしてから、僕は友達にこう言った。
「あれよりマズイわ」